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佐賀地方裁判所 昭和58年(ヨ)49号 判決

申請人

三橋孝良

右訴訟代理人弁護士

石井将

右訴訟復代理人弁護士

服部弘昭

被申請人

日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長

杉浦喬也

右訴訟代理人弁護士

小柳正之

右代理人

荒上征彦

利光寛

川田守

滝口富夫

増元明良

内田勝義

主文

一  申請人が被申請人との間で雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  被申請人は申請人に対し、昭和五八年八月から本案第一審判決言渡しまで毎月二〇日限り金一八万五〇〇〇円を仮に支払え。

三  申請人のその余の申請を却下する。

四  申請費用は被申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は申請人に対し、昭和五八年八月以降毎月二〇日限り金一八万六四四〇円を仮に支払え。

3  申請費用は被申請人の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

1  本件仮処分申請をいずれも却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の理由

(被保全権利)

1 申請人は、昭和四三年三月一日、被申請人(日本国有鉄道清算事業団法附則第二条による移行前の日本国有鉄道)の職員となり、昭和五八年七月二九日当時鳥栖保線区土木技術管理係の職にあった。

2 また、申請人は、主として被申請人の職員で組織された国鉄労働組合(以下、単に「国労」という。)の組合員であり、昭和五八年七月二九日当時、国労門司地方本部鳥栖支部保線区分会本区班々長の地位にあった。

3 申請人の賃金は月額金一八万六四四〇円であり、その支給日は毎月二〇日である。

4 被申請人は、申請人が被申請人の職員であることを争い、申請人に対し昭和五八年八月一日以降分の賃金を支払わない。

(保全の必要性)

5 申請人は被申請人に対し雇用契約存在確認の訴えを提起すべく準備中であるが、申請人は、妻と子供二人(小学校六年生と幼稚園生)の四人家族であり、被申請人からの賃金以外に収入の途を有しないから、本案判決の確定を待っていては、申請人とその家族は経済的に困窮し回復し難い重大な損害を被ることが明らかである。

6 よって申請人は被申請人に対し、申請の趣旨記載の裁判を求める。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、申請人が昭和五八年七月二九日当時、国労門司地方本部鳥栖支部保線区分会本区班々長の地位にあったことは不知、その余は認める。

3  同3の事実のうち、申請人に対する賃金の支給日が毎月二〇日であったことは認め、その余は否認する。申請人の賃金は月額金一八万五〇〇〇円であった。

4  同4の事実は認める。

5  同5は争う。

申請人は国労門司地方本部佐賀県支部の執行委員としてもっぱら組合業務に従事し、同地方本部から継続して給与を支給されているので保全の必要性はない。

三  抗弁

1  被申請人は、昭和五八年七月二九日、申請人に対し、日本国有鉄道改革法附則第二項による廃止前の日本国有鉄道法(以下「国鉄法」という。)三一条一項に基づいて、免職の処分(以下「本件処分」という。)をした。

2  本件処分の懲戒事由に該当する事実は次のとおりである。

(一) 昭和五八年六月一日における申請人の行為

(1) 点呼時の丸山区長に対する暴言

被申請人の職場規律の実態に対する世論の厳しい批判に鑑み職場規律確立の一環として、門司鉄道管理局施設部保線課長は昭和五八年五月二七日各保線区長に対して「夜間重労務作業時の勤務時間」の始業及び終業時刻を厳守すること、また、同局総務部人事課長は同年五月三〇日現場長等に対し「レクリエーション各種大会参加者の勤務の取扱い」に関し、クラブ主催の大会参加及び大会準備は勤務時間外で行わせることをそれぞれ六月一日から実施するよう指示した。

鳥栖保線区長丸山俊(以下「丸山区長」という。)は右指示に基づき、昭和五八年六月一日午前八時四五分ごろ、同区事務室において行われた同区本区全員に対する点呼の際、次の事項を伝達した。

〈1〉 夜間重労務作業については、従来は作業が終了して職場に帰着すれば本来の終業時刻午前八時二五分以前であっても勤務を開放していたが、六月一日からは定められている終業時刻を厳守し終業時刻以前の勤務解放はしない。

〈2〉 六月一日以降のクラブ活動については、本社や管理局が主催するレクリエーシヨン大会、地区予選会以上は従来どおり勤務時間内の参加を認めるが、クラブ主催の大会(支部大会)は年休、公休、非休などを利用すること。

〈3〉 勤務時間中におけるワッペン、赤腕章などの着用は、服制規程及び職務専念義務に違反するので行わないこと。

〈4〉 六月一日から臨時雇用員がいなくなるので、事務室内の掃除などは同年五月二六日説明したとおり職員が当番制ですること。

ところが、丸山区長が以上の事項を伝達したところ、申請人を含む数人の職員がその終了を待ち構えていたかのように突然同区長のところに詰め寄り、これを取り囲んで申請人らがこもごも「何んだと。」「ふざけるな。」「何んで我々の団結のあかしが悪いのか。」「赤腕章をしているのは要求があるからだ。」「区長は我々の要求を聞いてくれたのか。」「そうだそうだ。」などと罵声を浴びせ、また怒号を繰り返した。さらに申請人は同区長に対して「区長、今の四項目を撤回してくれんね。」と迫ったが、拒否されるや、他の者と共に「よおし、それならいい、みとれ。」などと脅迫的な言辞を投げ、点呼を打ち切って区長室に帰ろうとする同区長に対しなおも、「待て!!」と追いすがって来たが、同区長はようやくこれを振り切って区長室に戻ったのである。

(2) 丸山区長に対する暴言・暴行及び藤井土木助役に対する暴言

右点呼終了後の同日午前九時ごろ、右(1)の経緯で丸山区長に振り切られ、申請人が属していた土木テーブルに戻った申請人らは直ちに、当日の業務指示のため指示事項を記載したノートを開いていた同区土木助役藤井定(以下「藤井土木助役」という。)に対して「区長の言った四項目について見解を言え。」と詰め寄った。同助役が「区長の申したとおりです。」と答えたところ、申請人は「お前の見解を聞いとるんじゃ。」と繰り返し怒鳴りつけ、続いて土木技術管理士杉本篤敬(以下「杉本職員」という。)が「レクリエーションが出来ない根拠は何か。」と質問した。

同助役がこれに対し、日本国有鉄道職員勤務及び休暇規程第六条第六項である旨答えたところ、杉本職員は「その規程を持って来い。」と大声で言い、同助役が「自分で調べてください。」と返答すると、申請人が「なに、お前が持って来い。」と怒号した。

同助役はこの件にこれ以上の時間を費やすと、土木テーブル職員への業務指示が遅滞し作業に影響が及ぶと判断し、門司鉄道管理局職場管理類抄の該当箇所を開いて杉本職員に示した。申請人は、そのとき、丸山区長が土木テーブル付近に来ているのに気付き、「区長、何しに来たんだ。」「帰らんね。」と言った。同区長が「土木助役に用件があって来ている。それより今、皆さんが土木助役に質問していることは本日の業務指示と関係ないでしょう。」と言うと、申請人は「何んで関係ないもんか。」「お前は帰れ。」と怒号した。これに対し同区長が「あなたは私に指示する権限はありませんよ。」と言うと、申請人は憤激し、両腕を前に組んで、「何を!!」と叫びながら二メートル位の距離から同区長の上半身めがけて体当りをした。その衝撃のため、同区長は二、三歩後方へよろめいて倒れかかったが、とっさに藤井土木助役が「アッ、あぶない。」と叫びつつ両手で同区長を支えたので、かろうじて転倒を免れたのである。

(3) 藤井土木助役に対する侮辱的行為

申請人の右(2)のような丸山区長に対する暴行がなされた直後の同日午前九時一〇分ごろ、かたわらに来ていた同区技術係原田亘(以下「原田職員」という。)と同区長とが「区長、今朝の点呼の際のあんたの態度は何んね。あんなことを言ってうまくいくと思っとるんか。」「原田さんは土木テーブルと関係ないでしょう。自分の席に帰ってください。」「あんたが来るともめるだけやね、皆んな席に着くから、あんたも区長室へ帰らんね。」などの言葉のやり取りをした後、同区長が帰ろうとした際、藤井土木助役の前の机の上に腰かけていた申請人はB五番(ママ)大の用紙二枚程を手で細かくちぎって紙吹雪を作り、これを申請人の前の床にばらまいた。

これに対し、同区長が「三橋さんゴミをまくのは止めなさい。」と注意したが、申請人はこれを無視した。一方、藤井土木助役が土木テーブル職員に対して「みんな席に着いてください。」「業務指示をしますから。」と言うと、申請人はこれに従わず、同じように紙を細かくちぎった紙吹雪をテーブル越しに同助役の顔面めがけて浴びせつけた。このため同助役は頭から紙吹雪を浴び紙切れだらけとなった。同助役は怒りを押えて紙切れを払いながら、「何をするのですか。」「止めてください。」「あとは掃除してください。」と申請人に厳しく注意したが、同人は何ら返答せず、もとより片付けもしなかったのである。

(4) 鉄道管理局派遣職員に対する暴言及び侮辱的行為

藤井土木助役が右(3)のような侮辱的行為を受けたころ、区長室には折から鳥栖保線区基山保線支区の点呼立会のため門司鉄道管理局から派遣された同局施設部総務課水野正幸課員(以下「水野課員」という。)が点呼状況報告などの業務連絡のため在室していたが、申請人は同課員を認め、藤井土木助役の土木テーブル職員に対する業務指示続行中に、突然足早に区長室に赴き、無断で同室に入り、同課員に対し「貴様は誰か。」「何しに来たんか。」「帰れ。」と大声を発して詰め寄り、威嚇した。同区首席助役長澤勇夫(以下「長澤首席助役」という。)が申請人の怒鳴り声に気付き、区長室に入り、申請人に対し「何を言うですか、あなたは区長室から出なさい。」と言っているところへ、七、八名の職員が入室して来た。

その中にいた原田職員が水野課員に向って「お前、何しに来たんか。」「我々を監視に来たんか。」と大声で詰問したので、同首席助役は「業務打合せに来ているのです。」「あんたたちは早く区長室から出て行きなさい。」と言っている間も、申請人は上半身をかがめて同課員に詰め寄り、「早く帰れ。」「何しに来た。」と繰り返し怒鳴り、区長室の応接室の机の上に腰掛けた。そこで同首席助役は「あんたどこに座っているのですか。」と言うと、申請人は「テーブルたい。」と言うので、「立ちなさい。」と注意したが、これに応ぜず、引き続き「あなたは道徳も知らないのですか。」とたしなめると、申請人は「道徳って何か。」とうそぶき、さらに手に持っていた紙を前同様に小さくちぎって紙吹雪にして水野課員の頭から浴びせつけ、残りを同室の応接テーブル及びソファー付近の床にばらまいたものである。

(5) 藤井土木助役に対する威嚇及び業務指示違反行為

藤井土木助役が引き続き、右(4)のとおり土木テーブル職員に業務指示を続行中の午前九時三〇分ごろ、区長室から帰ってきた申請人は同助役の後方にあるスチール製の書庫の戸を右足で二回程後ろげりし、このため大きな音とともに戸が一枚はずれたので、同助役は「戸が外れたじゃないか、あとで直しなさい。」と注意したが、申請人は無言で、今度は同助役の右横の通路をへだてたキャビネットの上に腰掛け、同キャビネットの側面を両足で四、五回後ろげりして大きな音を立てて同助役の業務指示を妨害した。同助役は申請人に業務指示をなすべく、自分の席に座るよう言ったところ、かえって同人は右キャビネットの上であぐらをかき、「座っているじゃないか。」と反抗的姿勢を示して、これに応じなかった。

そこで同助役は申請人が自席に着く意思がないものと判断し、その場で同人に対し「南久留米・御井間朝妻橋りょう他二箇所の修繕工事の現場立会いに行ってください。」「添乗者は大久保主任です。」「車は二号車です。」と業務指示をしたが、申請人は首を左右に振り、「知らん。」「聞いちょらん。」と言って同指示に従わず、右指示にかかる業務を行わなかったものである。

(6) 請負業者に対するほしいままの工事中止の指示等

申請人は右(5)の次第で、同日はついに右業務に従事しなかったところ、同日午後四時五分ごろ、区長室に無断で入室してきて、助役と業務打合せ中の丸山区長に対して、「筑後千足こ線橋工事施工中止伺書」を差し出し「区長、印鑑ばくれんね。」と言った。同区長が藤井土木助役の印影がないことを指摘したところ、申請人は「区長にもらえばよか。」と言うので、同区長が施工中止の理由を尋ねると、無言で同書面の「施工中止理由」記載箇所を差し示した。当該箇所には「昭和五八年六月一日の朝の点呼の際において、当局から、クラブ行事の参加中止、夜重の勤務、掃除、ワッペン・リボン等々の指示がなされた。こういった状況の中で安心して働くことができないよって、担当者を変更されたい。担当者が決定するまで当分の間施工中止を行います。」との記載がなされていた。これを読んだ同区長が申請人に対して「こんなことでは中止理由にならんでしよう。」と言うと、同人は「不安だから変えてくれと言っている。こんな状態では仕事ができん。」「印鑑ばよかけん。今から業者に電話をして仕事は中止させる。」と言うので、同区長は「そんなことにはなりません。そんなことをすれば大変なことになりますよ。」と注意したところ、同人は無言で区長室から退室した。

そして、申請人は同月一日午後二時から三時の間に鳥栖保線区事務室において、こ線橋工事を請負っている今泉建設株式会社の近藤精吾常務に対して「何んもできん。施工中止だ」と申し述べた。

(二) 昭和五八年六月二日における申請人の行為

(1) 丸山区長及び藤井土木助役に対する暴言等

六月一日、申請人が同人担当の筑後千足駅こ線橋工事関係の図面及び書類を藤井土木助役の机の上に放置していたので、同助役が申請人の机上に戻して置いたところ、申請人は翌二日午前九時二〇分ごろ、「関係ない。」と言うなり右図面及び書類を同助役の机の上に投げ置いた。そこで同助役は「これはどう言うことですか。」「工事書類を持っていなくては仕事ができないじゃないですか。」「仕事をしないのですか。」と注意しつつ、右書面を申請人の机の上に置くと、同人は再度「関係ない。」と言ってこれを投げ戻し、この遣り取りが二、三回繰り返された後、申請人は右書面を同助役の机の上に投げると同時に「工事施工中止伺書」を同助役に突き付け、大声で「印鑑を押せ。」「押さんか。」と怒鳴り、同助役の机を両手で強くたたいた。

同助役は「あなたは業務を放棄するのですか。」「そのような理由では印鑑は押せません。」と言ったところ、申請人は「工事を止めるぞ。」とうそぶき、同助役が「何を言うんですか。」とたしなめているところに、区長が来た。すると申請人は、今度は右施工中止伺書を区長に差し出しながら、「あふたん。」「印鑑ば押せ。」と大声で同区長に詰め寄った。

引続き、申請人は執務中の事務室内の全職員に向って大きな声で「全員来てくれ。」と言い、このため数人が仕事の手を止めて丸山区長の回りに集って来た。同区長は申請人が集団抗議を指示したものと判断し、「今から土木テーブルの作業指示をするのに、全員来てくれとはどう言うことですか。」と注意したところ、申請人はキャビネットの上にあぐらをかいたまま無言であった。

さらに、申請人は同日午前一〇時ころ(一)(6)記載の今泉建設株式会社の河野一幸に対し、担当者が決まるまで施工中止だという趣旨の電話をした。

(2) 丸山区長らにネズミの死骸を突き付けた行為

申請人は同日午前一一時ごろ、区長室内の応接テーブルで丸山区長、門司鉄道管理局総務部人事課係長塚本達夫、企画助役緒方敏治(以下「緒方企画助役」という。)及び設計助役林博正(以下「林設計助役」という。)が業務打合せ中、無断で同室に入って来て、いきなり同区長と林設計助役の前に「ホレツ」と言って、五匹のネズミの死骸を入れた皿を突き付け、両人の間のソファーに置いた。同区長はあまりのやり方にぼう然とすると同時に強い嫌悪感をおぼえたが、その席には監督の掌にあたる鉄道管理局人事課係長もいたので厳しく注意することを控え、「どうしたの。」と聞いたところ、申請人は「保線区でとれたとたい。」と言った。

同区長は右人事課係長の手前も考えて、とっさに冗談めかして「お茶も一緒に持って来てくれればよかったのに。」と言ったところ、申請人は無言で前記ネズミの死骸をそのままにして退出したものである。

(三) 昭和五八年六月三日における申請人の長澤首席助役に対する暴行等

藤井土木助役は同月三日午前九時一八分ころ、土木技術管理係弥吉正孝(以下「弥吉職員」という。)が、かねて命じられていた鳥栖駅構内走行路新設工事の関係書類の作成を行わないため、その作成方を強く指示したが、弥吉職員は無関係なことを言い立てて、業務指示に従わなかった。そのやりとりをかたわらで聞いていた申請人が同助役に対して「アホ、お前はアフタンたい。」と大声で怒鳴った。同助役は弥吉職員の態度では到底右指示をすることができないと判断して、区長室に赴き丸山区長と長澤首席助役の三者間で協議した結果、弥吉職員に対しては業務命令の形で指示することとし、長澤首席助役立ち会いのうえ弥吉職員に右工事関係書類作成の業務命令を発しようとした際、申請人はテープレコーダーを持参してきて、録音しようとする態勢を示したので、長澤首席助役が中止するよう注意したが、申請人はこれを聞き入れず、テープレコーダーのスイッチを入れたがソケットが差し込まれていなかったため一旦は作動しなかった。藤井土木助役は弥吉職員に対して右業務命令を出していると、申請人は長澤首席助役に向って「貴様、コードを切ったな。」と怒鳴りながら、両腕を後ろに組み上半身で同助役の胸部付近に二回体当りした。このため同助役は後方へよろめき、椅子に腰掛けている弥吉職員の膝の上に座り込む格好になった。このとき、杉本職員と土木技術管理係楢原義明(以下「楢原職員」という。)が申請人の両腕を後方から抱き止めて制止した。同助役は申請人に対し「あなた何をするのですか。」と抗議すると、同人は「お前がしっかり立っとらんからだ、おれは通りよったんだ」と答え、続いてくわえタバコのまま同人の顔を同助役の顔すれすれに近づけタバコの煙を吹きかけた。

その後、同日午前一〇時五分ごろ藤井土木助役が申請人に「業務指示をします。」と言ったところ、同人は「テープレコーダーが入っていないけんでけんたい。」などと言ってまともにこれを受ける態度を示さないので、同助役が「業務指示を受けないのですか。」と問いただしたのに対し、「今、お茶を飲みよる。」とはぐらかし、土木テーブルの回りをうろつき、仲々業務指示を受けようとしなかったものである。

(四) 以上のとおり、申請人の昭和五八年六月一日から三日にわたる行為は上司を侮辱し、その命令を無視し、業務を妨害するにとどまらず、上司を怒号し、これに罵声を浴びせ、あまつさえ暴行に及ぶなど到底被申請人の職員たる者の行為とは思われないものであり、かかる者を職場にとどめておいては到底規律ある職場の維持は不可能である。

3  申請人のその他の非行について

申請人の非違行為は右2記載の懲戒事由である非違行為以外にもあるが、その主なものは次のとおりである。

(一) 昭和五八年三月二八日における申請人の藤井土木助役に対する暴言及び業務説明要求拒否等

(1) 昭和五八年三月二八日午前九時五分ごろ、同日鳥栖保線区に着任した藤井土木助役が工事を請負わせている藤崎建設株式会社の担当者から鳥栖駅西構内作業通路その他工事の工期を変更されたい旨の電話を受けたので、右工事の担当者である申請人に工期変更ずみを伝達したところ、申請人は「その前に新任のあいさつをせんか、土木の職員全員を集めてあいさつせんか、それが先たい。」と言うので、「工期の変更であり、工事の進捗に影響があると考えて急いで伝達したのですが、あいさつせよと言われるのであれば。」と言いながら立ち上がり、新任のあいさつをしたところ、同人は「お前は何を言うか。」と罵声を浴びせた。同助役が「業務連絡と新任あいさつは別の事柄です。あなたは興奮しないで業務指示を聞いてください。」と注意したところ、申請人は「お前の言うことは聞かない、土木助役とは認めていない、あっちに行け。」と大声で叫びながら、同助役の座っている椅子の肘掛けを靴履きのまま蹴り押した。

同助役は「何をするのですか、止めなさい。」と強い口調で注意したが、同人はその行為を二、三回も繰り返した。

(2) 同日午後一時一〇分ごろ、藤井土木助役が申請人に対して、筑後千足こ線橋新設に伴う作業通路の架設工事及び基山駅東構内作業通路の新設工事の進捗状況について説明を求めたところ、同人は「あんたの今朝の態度は何か、お前は土木助役と認めていない、担当業務についてお前に答える必要はない、あっちへ行け。」と大声を出して反抗的態度をとり、同助役の再三の説明要求にも答えなかった。

(二) 昭和五八年三月二九日における申請人の藤井土木助役に対する暴行・暴言及び業務指示拒否

(1) 同月二九日午前八時四五分ごろ、藤井土木助役が土木テーブルの全職員に当日の業務指示をしたところ、申請人のみがこの業務指示を聞こうとせず、同八時五五分ごろ、右助役が申請人に対して「筑後千足こ線橋新設に伴う仮設作業通路新設工事に必要なマクラギ二〇本を今泉建設に支給する現場立会いのため御井駅に行ってください。車は二号車です。添乗者は大久保、杉本職員です。」と指示したところ、「お前は土木助役と認めていない、昨日の態度は何か、あっちへ行け。」と大声を出すので「業務指示です、拒否するのですか、仕事をしないのですか、午前九時三〇分から御井駅で今泉建設にマクラギを支給することになっているでしょう、行ってください。」と命じたが、申請人は再び「お前は土木助役と認めていない、あっちに行け。」と怒鳴り右業務指示に従わなかった。

(2) さらに、同助役が筑後千足こ線橋新設工事の覚書用紙を申請人に示し、所要事項を記入されたい旨申し述べて手渡すと、同人はこれを同助役に投げ返し、同様の行為を五回も繰り返した。そこで同助役は長澤首席助役に助力を求め、同人立会いのもとで申請人に業務指示をしたが、それでもなお、同人は反抗的態度をとり業務につかなかった。同日午前一一時ごろ、右工事の遅れを憂慮した同助役が、再度申請人に「マクラギ支給の現場立会に行ってください。」と指示したが、同人は従わなかった。そこで、やむなく同助役と資材助役畠江良一が申請人に代って、御井駅へ行った。

(3) 同日午後一時一四分ごろ、藤井土木助役は土木テーブル会議を開いて職員一人ひとりに、担当工事の進捗状況、問題点などについて説明を求めたところ、申請人から「お前の態度は何か、あいさつが悪い。」「お前は何を言うか。」などと怒鳴られ、会議室のテーブルの上のアルミ製の灰皿を投げつけられたが当るのは免れた。さらに申請人は顔面を紅潮させて同助役につかみかかろうとしたが、同席していた土木テーブルの職員二名がこれを後方から抱き止めて制止した。

(三) 昭和五八年四月二五日における申請人の藤井土木助役に対する暴行

申請人は鳥栖保線区土木技術主任大久保民生(以下「大久保職員」という。)杉本職員、同区土木技術管理士遠藤寛(以下「遠藤職員」という。)とともに、昭和五八年四月二五日午前一〇時ごろ、筑後千足駅こ線橋工事の抗打工法の変更(工事中の旅客の安全確保の観点から、杭を打ち込むための動力をウインチからクレーン車に変更したこと)について、区長、土木助役の見解を聞きたいと言って区長室に入室し、応接テーブルのソフアーに、藤井土木助役と申請人、丸山区長と遠藤職員がそれぞれ向い合って、遠藤職員の横には杉本職員が各々座り、大久保職員は杉本職員の横のソフアーに着席した。

申請人は同助役に対して「筑後千足駅こ線橋工事を請負っている今泉建設株式会社から抗打工法の変更の要望があっている件はどうなっているか。」「おれには、変更は駄目だと言っておきながら、助役がおれがいないとき現場へ行き、請負業者に対して工法変更を検討すると約束したのではおれの立場がない。」と言ったので、同助役が「以前、あなたから抗打工法変更について請負業者から話があっていることは聞いていたが、あなたが変更の理由をはっきり言わなかったので、私は変更の必要はないと言ったのです。」「その後、私が四月二〇日筑後千足駅こ線橋工事の再開について、工事関係者を筑後千足駅に集めて説明した際、同工事の抗打工法に関し、今泉建設から変更の要望があったので、その場で鳥栖保線区筑後大石保線支区長及び筑後千足駅助役と協議し、後日その内容を門司鉄道管理局施設部工事課の担当者に話したところ、工法を変更してよいとの回答があったのです。」と答えると、申請人は丸山区長に向って「土木助役を替えてくれ。」と言うので同区長が「そんなことは出来ない。」と言った。続いて、土木助役が申請人に対して「三橋氏は……。」と言ったとき、同人は激昂して「お前はまた言うか。」と怒鳴り、応接テーブルの向って左角部を蹴とばしたため、同テーブルの角が同助役の左膝に当った。同区長が申請人に対して「何をするのですか。助役に謝りなさい。」「そんなことをすると大変なことになるよ。謝りなさい。」と注意すると、同人は「何んで謝らないかんか。」と二、三回繰り返し言い、さらに「おれのやったことのどこが悪いのか。」と開き直った。そこで、同区長が「こんなことをすると大変なことになりますよ。」とたしなめると、同人は「大変なことってなんか。」「やれるならやってみい。」と大声を発し、全く反省の色を示さず、謝りもしなかった。

申請人の右暴行により、藤井土木助役は左膝部の疼痛を終日我慢したが、翌日になっても同部位のはれが引かないので、門司鉄道病院鳥栖分室で手当を受けた。医師の診断によると左膝部挫傷、全治一週間を要するものであった。

4  被申請人が置かれた状況

本件処分時における被申請人をとりまく情勢は極めて厳しく、しかもその経営状態が危急存亡の情況にあったのであり、かかる事情のもとにおいて、被申請人は経営再建に不退転退の決意で取り組み、まずあらゆる再建施策の基盤となる職場規律を確立すべく全力を傾けていたのであって、この点は本件処分の当否を判断するにあたり十分考慮されるべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  抗弁2の事実のうち以下に述べる事実に反する点は否認する。

(一) 昭和五八年六月一日の行為につき

(1) 右同日、保線区事務室内で丸山区長・同区助役らによる点呼がなされた際、丸山区長より、

〈1〉 臨時職員の解雇に伴う後の雑作業(室内清掃など)は、一般職員で実施する。「管理職はやらない」という二六日の方針通りである。

〈2〉 夜重勤務(夜間重労務作業)における勤務解放は今後厳正にする。

〈3〉 勤務時間内のクラブ活動は禁止し、年休とする。

〈4〉 ワッペン・腕章着用は禁止する。

との四項目の指示がなされた。

右四項目は、従来より慣行とされていたり、あるいは協議続行中のものであり、または組合活動への介入の性格をもつもので、その撤回と釈明が点呼に参加した全組合員からなされるに至った。保線区事務室では、区長、助役を除けば全職員が国労に組織されている。

まず、室内清掃問題は、従前臨時職員が行なっていたが、同年五月三一日限り解雇されたため、その後の措置について、どうすべきか問題となり、同月二四日頃から保線区の職員代表(本区班三役)と区長との話し合いがもたれていたが、区長が「掃除・お茶くみは職員でやってもらいたい。管理者は、部外協議その他で業務がふくそうするので、しない」との身勝手な態度を打ち出し、職員の怒りを引き起こしたまま、二六日の話し合いも決裂し、未解決となっていた。したがって、六月一日点呼時に職員らが区長の一方的指示を問題にしたのは当然であろう。

線路の補修作業は、昼間の列車運行時間帯には不可能であり、いきおい夜間・深夜作業となるが、このような夜重勤務の具体的方法・形態は、国労本部―国鉄本社、国労門司地本―門鉄当局及び島栖保線区分会―鳥栖保線区との間で協定化され、これに基づき現実の作業実施に至っていた。これによれば、保線区労使の協議によって、深夜の線路上の実作業が終了後(二四時~五時)、職場に帰着後は勤務終了前であっても勤務解放が是認されており、当局側も異議を唱えたことはなかった。したがって、点呼時の一方的指示がこれまた職員らに問題にされることとなった。

さらに、勤務時間中のレクレーション・サークル活動の取り扱いについては、従前当局・職員代表からなる常任委員会で年間行事計画が策定され、勤務に支障がない限りそのクラブ活動参加が認められていた。したがって、勤務時間中のクラブ活動参加をどうするかについて、先ずもって常任委員会で論議すべきものであり、区長の一方的指示を問題としたのもかかる観点からであった。

なお、ワッペン・腕章着用禁止については、前述したような国労攻撃が激化していたのであるから、この指示を組合の団結を破壊する不当労働行為と点呼に参加した組合員らが受け止めたことは当然である。

丸山区長の前記四項目の指示に対し、前記の観点から撤回・釈明要求がなされたが、同区長は、「この件で話し合う気はない」として一方的に区長室に退いてしまった。そこで、保線区職員は各自毎日の作業指示がなされる各テーブルに戻り、申請人も土木テーブルで作業指示を受けることになったが、このような区長の一方的な指示が六月一日当日の職場の雰囲気を険悪にし、前述した月間作業説明の不十分さと相まって、各テーブルで担当助役に釈明を求める行為の背景をなした。

(2) 六月一日点呼終了後の八時五七分頃、申請人ら土木テーブルの職員はいずれも自席に着席したが、藤井土木助役が前日来未了となっている六月分月間作業計画、及び六月一日分の作業説明をなさないまま、一方的に各職員に対し指示を発しはじめた。そこで、申請人を含む全員が同助役の周囲に集まり作業説明を求めたが、同助役はこれを無視し、ただ「月間作業計画の打ち合わせは済んだ」という態度をとり続けた。そこへ丸山区長、長澤首席助役らが現われ、藤井土木助役席とロッカーとの間の通路に立ち、土木職員とのやりとりに介入し、「助役は打ち合わせは終ったといっている。業務につきなさい。助役は答えなくていい」という問答無用の態度をとった。申請人はそのような丸山区長の態度をみて、同区長との話し合いは無意味であり、藤井土木助役にさらに説明を求めようと同助役席とロッカーとの間の狭い通路を通り抜けようとしたが、その際、軽く体が同区長に触れるか触れないかの状況であった。しかるに、同区長は何を思ったか右腕をロッカーに打ちつける様な形で体を傾け、後方の遠藤職員に支えられた。これをみた土木職員から一斉に「区長わざとやるんじやないよ。暴力行為とでもデッチ上げるつもりですか」との声が上がり、同区長は「そんな事考えてもいませんよ。三橋さんが急に動かれたもんですから」と言って慌ててその場から立ち去った。

したがって、処分事由とされた区長に対する暴力行為は存在しない。

(3) その後も藤井土木助役がなおも一方的な作業指示を続けるため、同助役の周囲は騒然となったが、申請人は二~三センチ四方の紙切れを床に散らして、四項目問題など早朝からの保線区当局の態度に抗議した。その際、藤井土木助役に紙切れを投げつけた事実はない。床に落とされている紙切れは保線区の組合員たちで即座に片付けた。

(4) 申請人は、門鉄局の課員が保線区の監視のために駐在している区長室に赴き、監視労働に抗議したことはあるが、局の課員に紙切れを投げつけた事実はない。

(5) 六月一日当日申請人に対して藤井土木助役から午前中になすべき各別の作業指示はなされず、申請人は午前中リベットの積算をなし、午後は所定の業務である鳥栖機関区の停工調査に従事した。

したがって、六月一日当日業務命令違背の事実はない。

(6) 請負業者今泉建設に対する「施工中止」問題の経過

申請人は、昭和五八年四月以降筑後千足駅こ線橋工事の施工を担当し、設計書を作成して担当請負業者と打ち合わせ、工事実施にあたってきた。しかし、その中で、次のような出来事が相次いて発生した。

すなわち、こ線橋工事の過程で、いくつかの重要な工程があり、その一つにRCの杭打ち作業があった。請負業者が行なうRC杭打設について、申請人は五月頃から藤井土木助役に「現場立会をしたいからその旨指示されたい」旨要求していたが、同助役はこれを拒否し続けた。ようやく、申請人が現場に赴き、実地に検分したところ、RC杭の頭部に亀裂があり、杭を抜いてやり直すか否か、工程表の関係もあって藤井土木助役に判断を仰いだが、同助役から確答はなされなかった。

また、第二の重要な工程である鉄筋の配筋の検査についても申請人が現場立会を求めても、同助役はこれを拒否し、助役自ら配筋検査を実施したのでその要はないなど、直接の担当者を無視する態度をとっていた。

その他、筑後千足駅こ線橋工事では、杭打ちを請負業者の都合から、クレーンでつって打設するという工事変更を藤井土木助役が認めようとせず、申請人には当初の二本杭での杭打ちを業者に指示させ、その後申請人が困って区長に判断を求めれば、即座に業者の希望通りの工事変更を認めたり、あるいは業者より上り線の杭打設の工程についての打ち合わせも聞いていないといって無視したりで、申請人は仕事の進捗を欲する請負業者と無為無策の直属土木助役の間に狭まれ、こ線橋工事の直接担当者として完壁な工事施工に逡巡せざるをえない立場に追い込まれた。

右のような事実が積み重なったため、申請人は思い余って、六月一日午後三時頃、区長室へ赴き、資料を示し、担当者を変更してもらいたいとの判断を求めたが、丸山区長に拒否され、そのまま持ち返った。

したがって、申請人が右同日丸山区長に工事中止を強要したり、あるいは請負業者である今泉建設常務に工事中止を言明した事実はない。

(二) 六月二日の行為につき

(1) 六月二日申請人は、藤井土木助役が前述のとおり担当者を無視した行動をとるため、設計図や見積書など工事関係書類を同助役席に持ち込み、工程や申請人を依然担当者にするか否かを含めて一体どうするつもりか判断を求めようとしたが、同助役は即座に何も言わずに申請人の机に返却するのみであった。

そこで申請人は請負業者の今泉建設工事主任河野一幸に対し、「千足こ線橋工事については、もしかすると担当者が変わり、一時施工中止ということになるかも知れませんが、工事については別に指示があるまで進めていてください」旨の電話をした。

したがって、申請人が「施工中止」を請負業者に指示した事実はなく、この点でも処分事由は存在しない。

(2) 休憩室清掃(ネズミ捕殺)の事実関係

六月二日点呼後、炊事場も在る休憩室(脱衣室兼用)でネズミが発見され、堀田、及川職員ら四、五人の職員がその捕殺にあたり、申請人もかねて休憩室にネズミが出没しており、不衛生であったので清掃に従事することになった。結局五匹のネズミを捕殺し、炊事場の徹底的な清掃を終えたが、その間、区長、首席助役らは、姿を見せようとせず、また姿を見せても傍観するだけであった。そのような態度に加え、六月一日以降清掃は職員で行う旨の指示がなされていたことなどもあって、捕殺、清掃にあたっていた職員間から、「俺達の職場が、めしを食べる休憩室がネズミの巣になっている。不衛生もはなはだしい」、「掃除をしているのに、管理者は誰一人手伝おうとしない」などの不満の声があがり、手島職員の発言もあって、職場(本区班)班長であった申請人が区長のところへ皿にのせてあったネズミの死体を持って行き、区長に職場環境の実態にもっと留意するよう求めようということになった。

そこで申請人は区長室に赴き「ネズミが捕れました」と発言したところ、区長より「ついでにビールも一緒に持って来てくれればいいのに」という不謹慎な言動に接し、そのまま皿を置いて自席に戻ったのである。

要するに、右行為は、意図的な嫌がらせといった性格のものではなく、ネズミが捕殺されたという偶発事と、一方的に命令だけ発するのではなく、職場環境を良く知ってもらいたいとの意向が重なったもので、懲戒免職処分に付しなければならない程の悪質重大事案ではない(なお、区長自身の対応の拙さも考慮されるべきである)。

(三) 六月三日の行為につき

藤井土木助役は点呼終了後、土木テーブルの弥吉職員の席で同人に作業指示をはじめたが、同人から求められた月間作業説明を拒否したことから、若干のやりとりが右両名との間で交わされた。その中で、同助役は「気分を害してはまともな仕事はできない」とする弥吉職員の言葉尻りをとり上げ、長澤首席助役を帯同の上、さらに同人を究明しはじめた。

申請人はその中で、業務命令云々の話があったため、これを確認すべくテープレコーダーを持って前記三名のやりとりの場に赴いたが、長澤首席助役はコンセントを足で蹴とばして引き抜いた。その後、申請人は右長澤首席助役の行為に若干抗議したものの、現場に居合わせた原田職員がテープレコーダーを持ち帰った。申請人もその後を追って長澤首席助役とキャビネットの間を通り抜けようとしたが、特段体当りとか、押すなどの行為はしていない。申請人はその間終始手に煙草を持ち、時々喫煙していた事実があっただけである。「バカ」などの暴言も発していない。

3  抗弁3及び4は争う。

五  再抗弁

仮に、申請人の言動に懲戒事由に該当する事実があったとしても、それは免職に値するような重大な違反行為ではないから、本件処分は懲戒権の濫用に該当し、無効である。

六  再抗弁に対する認否

争う。

第三証拠関係(略)

理由

一  被保全権利について

申請の理由1及び4の事実については当事者間に争いがなく、同2の事実のうち、申請人が昭和五八年七月二九日当時、国労門司地方本部鳥栖支部保線区分会本区班々長の地位にあったことは、申請人本人尋問の結果により、疎明され、その余の点については当事者間に争いがない。

同3については、(証拠略)及び申請人本人尋問の結果によれば、昭和五八年七月二九日当時の申請人の賃金は月額金一八万五〇〇〇円であったことが疎明され、右賃金の支給日が毎月二〇日であることについては当事者間に争いがない。

二  本件処分の存在について

抗弁1の事実については、当事者間に争いがない。

三  懲戒事由の存否について

当事者間に争いのない事実、(証拠略)及び申請人本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)を総合すると、次の各事実が疎明され、これに反する(証拠略)及び申請人本人の各供述部分は、前掲各証拠に照らして直ちに採用し難い。

1  昭和五八年六月一日

(一)  被申請人の鳥栖保線区は、丸山区長の下、六名の助役と二八名の一般職員により構成されていた。六名の助役は、それぞれ担当のテーブルを持ち、各テーブルごとに数名の一般職員が配置されていた。即ち、事務テーブルには長澤首席助役が、土木テーブルには藤井土木助役が、設計テーブルには林設計助役が、企画テーブルには緒方企画助役がそれぞれ配置され、一般職員のうち申請人、杉本職員、弥吉職員、楢原職員は土木テーブルに、原田職員は企画テーブルにそれぞれ配属されていた。そして、六名の助役が担当する各テーブルは、鳥栖保線区の事務室内にあり、右事務室に隣接して区長室があり、区長室と事務室の間のドアは通常は開放されていた。

昭和五八年六月一日午前八時四五分ころ、丸山区長は、右事務室において、自席に着席している所属職員全員に対する点呼を行ない、その際抗弁2(一)(1)〈1〉ないし〈4〉記載の事項(以下、「四項目」という。)の伝達を行なった。ところが、同区長が四項目の伝達を終えるや、申請人ら数名の職員が席を立ち、申請人を先頭にして同区長の周囲に集まり、申請人ら数名が、四項目について抗議し、その撤回を求め、大声を出して騒ぎ出した。申請人は、丸山区長に対して、四項目の撤回を迫ったが、同区長は頑としてこれに応じないで、直ちに区長室に戻った。

(二)  同日午前九時ころ、丸山区長の伝達した四項目について各テーブルにおいて職員が直属の助役に見解を求め、申請人も土木テーブルにおいて自席に立っていた藤井土木助役に対し、大声で四項目の見解を求めたが、同助役がこれにとりあわなかったため、申請人は、同助役に「お前」と怒鳴るなどして抗議し、同テーブルの杉本職員もこれに同調した。このため、藤井土木助役は、右両名に対し、四項目のうちクラブ主催のレクリエーション大会については年休、公休、非休等を利用しなければならない根拠について、日本国有鉄道職員勤務及び休暇規程六条六項である旨答え、赤本と称する当該規程の記載された冊子の該当箇所を杉本職員に示した。このころ申請人らの大声を聞き、申請人らが藤井土木助役に抗議していると察した丸山区長は、区長室から土木テーブルに赴いたが、これに気づいた申請人は「区長、何しに来た。帰らんね。」と言った。これに対して丸山区長が「私は土木助役に用事があったから来たんです。それよりも、今、皆さんが抗議している内容は、今日の業務指示に関係ないでしょう。」と言ったところ、申請人は「何んで関係ないもんか。区長は帰れ。」と大声を出して同区長に詰め寄り、同区長が「あなたは、私に指示する権限はありませんよ。」と言うと、申請人は憤激し、両腕を前に組んで、「何んだ。」と言いながら、目の前にいた同区長の上半身に自己の体をぶつけたため、同区長は二、三歩後方へよろめき、藤井土木助役が斜め後ろから同区長の背中を両手で支えた。

(三)  同日午前九時一〇分ころ、当日の丸山区長の点呼時の対応をめぐり、土木テーブルに来ていた国労鳥栖保線区分会執行委員長の原田職員と同区長がやりとりをした後、同区長が土木テーブルから離れようとしたところ、藤井土木助役の机の前の空席となっていた机に腰かけていた申請人は、無言のまま、B五番大の業務用の用紙約二枚をちぎって、これを申請人の前の机と机の間の通路に撒き散らした。また、丸山区長が業務打ち合わせのため設計テーブルに行った後、藤井土木助役が土木テーブルの職員に対し、業務指示のため着席を促したが、申請人は自席に戻らず、無言のまま、同助役の前の空席となっていた机の前に立ち、紙をちぎって、机越しに同助役の頭上に撒いた。

(四)  このあと、申請人は、区長室に水野課員が在室しているのを見つけるや、同人とは面識がなかったが、同人が当局から鳥栖保線区の一般職員の勤務態度を視察に来たものと考え、足早に区長室に入り、ソファーに座っていた同人に向かって「お前、何しに来とるんか。出て行け。」と大声を出して詰め寄った。長澤首席助役が、申請人の怒鳴り声に気づき、急いで区長室に入り、申請人に対して「三橋さん、何を言うんですか。あなたは区長室から出なさい。」と言ったが、申請人はこれに応じず、水野課員に向かって「貴様、出て行け。」と何度も大声を出した。申請人を呼び戻すために区長室に入った藤井土木助役が申請人に対し「三橋さん、業務指示をするんで自分の席に帰りなさい。」と言ったが、申請人は聞き入れなかった。また、藤井土木助役とともに数人の職員が入室したが、そのなかの原田職員が水野課員とやりとりをしている間も、申請人は水野課員に向かって罵声を浴びせ、区長室の応接セットのテーブルに腰かけ、長澤首席助役に注意されたにもかかわらず、テーブルを降りず、手に持っていた紙をちぎって水野課員の頭上に撒いた。

(五)  同日午前九時三〇分ころ、区長室から土木テーブルに戻った申請人は、同テーブルの職員に業務指示をしている藤井土木助役の後方のスチール製書庫の前に立ち、右書庫の戸を右足で約二回後蹴りしたため右戸がはずれた。藤井土木助役が申請人の右行為を注意したが、申請人は無言のまま、同助役の右横の通路をへだてたキャビネットの上に腰かけ、その側面を両足で四、五回後蹴りした。同助役は業務指示をするため申請人に「自分の席に座りなさい。」と言ったところ、申請人は「座ってるじゃないか。」と答え、同助役が「そこは違うじゃないですか。自分の席に座りなさい。」と重ねて言ったにもかかわらず、申請人は「座れと言うから座っているじゃないか。」と言って、自席に着こうとしなかった。そこで、同助役は申請人に対して「南久留米・御井間朝妻橋梁他二箇所の修繕工事の現場立会いに行って下さい。」と言ったが、申請人はキャビネットの上にあぐらをかいて首を左右に振り、「知らん。聞いちょらん。」と言って、右指示にかかる業務を行なわなかった。

(六)  同日午後二時ないし三時ころ、申請人は、鳥栖保線区事務室において、被申請人発注にかかる筑後千足こ線橋工事を担当している今泉建設株式会社の近藤精吾常務取締役(以下「近藤常務」という。)に対し、「もう何もできない。施工中止だ。」と言った。

近藤常務は申請人の右発言は鳥栖保線区内での騒然とした空気の中での発言でもあったことから、本気で受けとめず、言われた言葉の解釈に苦しんだものの、申請人と一言も交わさずに退室した。

結局、近藤常務は、申請人の右発言につき、施工中止の真否を当局に確めることもしていないし、後記の申請人の今泉建設株式会社土木現場主任河野一幸(以下「河野主任」という。)に対する電話の後も右同様確めていない。

さらに、同日午後四時五分ころ、申請人は無言で区長室に入室し、林設計助役と業務打ち合わせ中の丸山区長に対して、前記筑後千足こ線橋工事を担当している今泉建設株式会社に対する右工事中止の通知書の添付された右工事の施工中止の伺書を差し出し、「区長、印鑑ばくれんね。」と言った。丸山区長が、右伺書に藤井土木助役の承認印がないため「土木助役の印鑑はどうしたんですか。」と言ったところ、申請人は「区長にもらえばよか。」と言ったので、同区長が「施工中止の理由は何んですか。」と尋ねると、無言で右通知書の「施工中止の理由について」「昭和五八年六月一日の朝の点呼の際において、当局から、クラブ行事の参加中止、夜重の勤務、そうじ、ワッペン・リボン等々の指示がなされた。こういった状況の中で安心して働くことができないよって、担当者の変更されたい。担当者が決定するまで当分の間施工中止をおこないます。」との記載部分を指し示した。これを読んだ丸山区長が「こんなことでは理由になりません。」と言うと、申請人は「こんな状態では仕事はできん。」と言ったのに対し、同区長が「仕事をしないんですか。」と言うと、申請人は「仕事ができんもんはできん。区長の印鑑ばよかけん。今から業者に電話して工事を中止させる。」と言ったので、丸山区長が「そんなことにはなりませんよ。そんなことをすれば大変なことになりますよ。」と言ったところ、申請人は右工事の施工中止の伺書を持って区長室から退室した。

2  昭和五八年六月二日

(一)  同日午前九時ころ、丸山区長による点呼に際して、申請人らから四項目撒回の要求及び抗議があったが、丸山区長はこれに応じず、区長室に戻った。

同日午前九時二〇分ころ、丸山区長への抗議を終えて、土木テーブルに戻った申請人は、前日に藤井土木助役の机の上に置いていた筑後千足駅こ線橋工事関係の図面と書類が自己の机の上に戻してあるのを見て、右図面等を持ち、藤井土木助役の席まで行き、「関係ない。」と言って、右図面等を同助役の机の上に投げ置いた。そこで同助役が「工事書類を持ってなくていいんですか。工事書類がないと仕事が出来ないんじゃないですか。」、「仕事しないつもりですか。」と言いながら、右図面等を申請人の机の上に返したところ、申請人は「関係ない。」と言って、再び右図面等を同助役の机の上に投げ置いた。このようなことを二、三度繰り返した後、申請人は右書面等を同助役の机の上に投げ置くとともに、前記筑後千足こ線橋工事の施工中止の伺書を同助役に差し出し、大声で「印鑑を押せ。」と言った。右伺書添付の通知書記載の施工中止の理由を見た同助役が「あなたは業務を放棄するのですか。そのような理由では印鑑は押せません。」と言ったところ、申請人はさらに大声で「印鑑を押せ。」と言ったが、同助役がこれに応じなかったため、申請人は「工事を止めるぞ。」と言った。そこへやって来た丸山区長に対し、申請人は「あふたん。印鑑ば押せ。」と言いながら、右工事の施工中止の伺書を差し出した。丸山区長が印鑑を押さず、区長室へ戻りかけたところ、申請人は、土木テーブルのキャビネットに腰をかけ、事務室内の全職員に向かって大声で「みんな来てくれんね。」と言ったため、数人が同区長のまわりに集まって来た。そこで同区長が申請人に対し「今から土木テーブルの業務指示をするのに、なんでみんな集まれと言うのか。」と言ったところ、申請人はキャビネットの上にあぐらをかいたまま無言であった。

同日午前一〇時ころ、申請人は前記今泉建設株式会社の河野主任に電話を掛け、「工事を施工中止するかもしれないので、工事の進捗状況とか施工状況はどうなっているか。」と問い、河野主任が「なぜ施工中止になるのですか。」と聞き返すと、申請人は「工事の担当者が変わるのでそれまで施工中止になるかもしれない。」と言った。そのため、河野主任は不安になり、上司である近藤常務に電話で伺いを立てたところ、同人から、施工中止の場合は国鉄の現場長の方からその理由等を添えた書面が来るはずであり、その書面がない以上、施工を続けて構わない旨の回答を得た。

その後も、被申請人から今泉建設株式会社に対し、施工中止の書面は提出されず、工事中止のための正式な手続が何ら行なわれなかったため、右工事は中止されることなく続行された。

(二)  その後、申請人ら数名の職員は、鳥栖保線区内の休息室の清掃作業をし、その際ネズミ五匹を捕獲したが、申請人は、他の職員から区長にネズミを見せたらどうかと勤められたこともあって、同日午前一一時ころ、区長室に赴き、業務打ち合わせをしている丸山区長と林設計助役の間に、五匹のネズミの死骸を乗せた皿を置いた。これに驚いた丸山区長が「どうしたんですか。」と問うと、申請人は「保線区でとれたとたい。」と言ってネズミの死骸をそのままにして退室した。

3  昭和五八年六月三日

同日午前九時一八分ころ、藤井土木助役が弥吉職員に鳥栖駅構内走行路新設工事の契約事務を早く実行するよう指示したところ、弥吉職員は「自分は気分を害したから、考えている。」などと言って右業務指示に従わなかった。このとき、申請人は、同助役の背後から「あほ、お前はあほじゃ、あふたんたい。」と大声で言った。同助役は区長室に赴き、丸山区長、長澤首席助役らと協議した結果、弥吉職員に対しては業務命令の形で指示することとなり、藤井土木助役及び長澤首席助役が自席に着席していた弥吉職員に業務命令を出そうとした。このとき、申請人はテープレコーダーを持って来て、弥吉職員の机の右横の図面台の上に置き、土木テーブル付近の柱に設置されたコンセントにテープレコーダーのコードの先端のプラグを差し込んだ。そこで、藤井土木助役が申請人に対して「何をするんですか。自分の席に帰りなさい。」と言い、長澤首席助役も申請人に録音しないように何度も注意したが、申請人はこれを無視して、テープレコーダーのスイッチを入れた。このため、録音を阻止しようとした長澤首席助役がコードを足で踏みつけたため、コード先端のプラグがコンセントから外れ、テープレコーダーは作動しなかった。申請人は、長澤首席助役がコードを踏みつけていたのを見て憤激し、長澤首席助役に対し、「貴様、コードを切ったな。」と怒鳴りながら、両腕を後ろに組み、上半身で同助役の胸部付近に二回体当たりした。そのため同助役は後方へよろめき、椅子に腰かけている弥吉職員の膝の上に座り込む形となった。このとき、杉本職員と楢原職員が申請人の両腕を後方からかかえて制止した。長澤首席助役が申請人に対し「あなた、何をするのですか。」と言うと、申請人は「お前がしっかり立っとらんからだ。おれは通りよったんだ。」と言って、立ち上がった同助役に近づいて、その顔にくわえ煙草の煙りを吹きかけた。

その後、同日午前一〇時五分ころ、藤井土木助役が申請人に対し業務指示をするため「席に着いて下さい。」と言ったところ、申請人は「テープレコーダーが入っていないけん、でけんたい。」と言ったので、同助役が「業務指示を受けないのですか。」と言うと、申請人は「今、お茶を飲みよる。」などと言いながら、土木テーブルのまわりをうろついて、一旦はこれを無視したものの、原田職員の説得もあって、最終的には右業務指示に従った。

右に認定した申請人の各行為は、被申請人の職場の秩序を乱すものであって、職員として職場の秩序を保持すべき職務上の義務に違反したものとして、国鉄法三一条一項二号所定の懲戒事由に該当するというべきである。

四  本件処分の効力について

国鉄法三一条一項に定められた懲戒処分は、免職、停職、減給、戒告の四種類であるが、このうち、具体的にどの処分を選択するかの基準を定めた規定はなく、懲戒権者の裁量に委ねられていると解するのが相当である。もっとも、懲戒処分のうち免職処分は、他の処分と異なり、職員の地位を失わせるという重大な結果を招来するものであるから、免職処分の選択に当っては、他の処分の選択に比較して特に慎重な配慮を要し、懲戒事由に該当する行為の動機、態様、結果、当該職員の行為前後の態度、処分歴、社会的環境、選択する処分の及ぼす影響等諸般の事情に照らし、免職処分が当該行為との対比において甚だしく均衡を失する等社会通念に照らして合理性を欠くものである場合は、右免職処分は、裁量の範囲を超え、懲戒権の濫用に該るものとして効力を有しないというべきである。

そこで、本件処分が裁量の範囲を超えたものであるか否かについて検討する。

1  前記三1ないし3記載の申請人の各行為は、被申請人の職場の秩序を乱すものであって、到底容認できるものではないが、前記認定によれば、右一連の行為は昭和五八年六月一日の点呼時における丸山区長による四項目の伝達を契機として行なわれたものであって、国労分会の本区班々長としての四項目伝達に対する抗議行動の意味合いを含んだものであったとみることができる。

そして、(証拠略)及び申請人本人尋問の結果によれば、被申請人の職場においては、被申請人と国労との間で締結された「現場協議に関する協約」により、各現場機関ごとに、当局側、組合側同数の委員をもって構成される現場協議機関が設置され、当該現場の労働条件に関する事項であって、当該現場でなければ解決しがたいもの及び当該現場で協議することが適当なものについて協議がなされていたこと、鳥栖機関区においては、現場協議の席で当局側から翌月の月間作業計画について資料の提示や口頭の説明がなされ、組合側が意見を提出し、作業内容等を具体的に調整することになっていたこと、ところが被申請人が更新を拒否したため右協約が失効した昭和五七年一二月一日以降、被申請人と国労との対立関係が険悪化したこと、そして、現場協議制度が無くなったため、申請人の所属する鳥栖保線区の土木テーブルにおいては、土木助役が翌月の作業計画を立案し、その内容が作業担当の職員に個別的に伝達されるようになったが、職員からの質問には助役が答えたり、職員の意見が作業内容に取り入れられることもあったこと、ところが藤井定が昭和五八年三月二八日土木助役に就任した後は、同助役が担当職員に対し業務指示をするに際し、担当職員との意思疎通を欠いたまま一方的に指示することが少なからずあったこと、このため同助役と申請人を含めた土木テーブルの職員との関係は険悪なものとなったことが疎明され、以上の認定によれば、右のような状況下で、昭和五八年六月一日の点呼時に丸山区長がいわば一方的に四項目の伝達をしたことが同日から同月三日までの間の申請人の前記一連の行為を誘発したともいえる。

2  申請人の今泉建設株式会社に対する前記筑後千足こ線橋工事中止の発言等も、証人丸山俊の証言によれば、当局の文書による正式な手続きを経なければ請負業者に対して工事の施工を中止させることができないことが疎明され、単なる担当者に過ぎない申請人が、口頭で請負業者に「もう何んも出来ない。施工中止だ。」といった類のことを発言したからといって、これをもって工事中止の指示をしたとまでは解し難く、請負業者側もこれを工事中止の指示とは受け取らず、右工事は現実に中止されることなく、続行されたことは前記認定のとおりである。

3  申請人の丸山区長、長澤首席助役に対する体当たりも、これらの行為が暴行にあたることは言うまでもないが、手挙による殴打や足蹴といった性格のものではなく、申請人の上半身を相手の上半身にぶつける行為であり、その回数もいずれも一、二回にとどまり、傷害の結果も生じておらず、極度に悪質な暴力行為とまでは認め難い。

とくに、長澤首席助役に対する暴行については、申請人が用意したテープレコーダーのコードを同助役が足で踏みつけたため、そのプラグがコンセントから外れたことが、申請人の暴力行為を誘発したことは前記認定のとおりである。

4  申請人が、丸山区長らにネズミの死骸を突き付けた行為についても、この行為自体が社会常識を逸脱した非礼な行為であることは言うまでもないが、申請人の右行為は他の職員の思いつきによるものであって、動機において幾分汲むべき点がある。

5  被申請人が主張する申請人のその他の非行について検討するに、証人藤井定の証言、申請人本人尋問の結果によれば、申請人と藤井土木助役の関係はかねてから劣悪な状況にあり、同助役が鳥栖保線区に着任以来、申請人が同助役に反抗的態度をとってきたこと、同助役は申請人を、呼び捨てとも受け取られかねない「三橋氏」と呼ぶ等したことが疎明され、同助役の職員に対する業務指示に不適切な点が少なからずあったことは前記認定のとおりであるから、申請人の同助役に対する反抗的態度の原因は上司である同助役自身の不適切な態度にもあったというべきである。

そして、被申請人主張にかかる申請人のその他の非行のうち、暴行に関する主張に沿う証人藤井定の供述部分は、(証拠略)の「暴力的なことは今回が初めてです。」及び「暴力については聞いていません。」との記載に照らし信用することができず、他に右暴行についての疎明資料はない。

6  次に、被申請人が主張する被申請人が置かれた状況について検討するに、被申請人の経営状態もおもわしくなく、本件処分当時の被申請人をとりまく情勢が極めて厳しく、被申請人が再建施策の基盤を整える意図のもとに職場規律を確立すべく全力を傾けていたことは、(証拠略)により疎明されるが、反面、既に認定した各事実を総合すると、被申請人の意向を受けた藤井土木助役等の管理職が右施策の達成を急ぐあまり、労使の対立関係を激化させたことも否定できないところであり、当時の被申請人の置かれた厳しい状況をもって、懲戒権の裁量の範囲をゆるやかに解することはできない。

7  (証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、申請人の通常の勤務状況は良好であること及び申請人は本件処分以前に懲戒処分を受けたことがないことが疎明される。

8  以上検討した諸般の事情に照らすと、申請人の被申請人職員としての身分を失わせる本件処分は、懲戒事由に該当すると認められる前記各行為との対比において甚だしく均衡を失し、社会通念上合理性を欠くものというべきである。したがって、本件処分は、懲戒権の裁量の範囲を超え、懲戒権の濫用に該るから、その効力を有しないというべきである。

五  保全の必要性について

前記認定した事実に、(証拠略)を総合すると、申請人は、本件処分当時妊娠中の妻と子供一人と高齢の祖母との四人家族であり、被申請人からの賃金収入(月額一八万五〇〇〇円)と日本オイルシール工業株式会社に勤務していた妻の収入(月額手取り約九万八〇〇〇円)で生計を維持していたが、本件処分後まもなく祖母が他界し、妻が出産し、昭和六三年一一月現在においては、妻と子供二人(小学校六年生と幼稚園生)の四人家族となり、生計の基盤は、申請人が国労から国労犠牲者救済規則(以下「犠救規則」という。)に基づき支給される金員に頼っていることが疎明される。

ところで、申請人本人尋問の結果、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、右給付金は、貸付金の性格を有するもので、裁判等の結果賃金が遡って支払われた場合は、受け取った賃金相当額全額を組合に戻入れしなければならないことが疎明されるから右給付金が支給されたことをもって、保全の必要性を否定することはできない。

以上によれば、申請人は、一家の生計の重要な部分が、被申請人からの賃金収入によって維持されていたにもかかわらず、昭和五八年八月以降被申請人の職員として処遇されず賃金の支払いを受けていないから、申請人が被申請人との間で雇用契約上の権利を有することを仮に定め、被申請人から本案第一審判決言渡しまで賃金の仮払いを受ける必要性が一応認められる。

六  結論

よって、申請人の本件仮処分申請は、申請の趣旨第1項及び被申請人に対して昭和五八年八月以降本案第一審判決言渡しまで、毎月二〇日限り金一八万五〇〇〇円の仮払を求める限度で、理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容することとし、その余は理由がないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 生田瑞穂 裁判官 池田和人 裁判官小林元二は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 生田瑞穂)

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